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松江地方裁判所 昭和62年(行ウ)3号 判決

原告

小幡万造

右訴訟代理人弁護士

高野孝治

岡崎由美子

被告

島根県

右代表者知事

澄田信義

右訴訟代理人弁護士

矢田正一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和六二年四月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  本件転補処分

原告は、昭和六二年三月三一日当時島根県隠岐郡西郷町立中村小学校(以下「中村小学校」という。他の西郷町立小学校についても同様に略称する。)校長の地位(県費負担教職員)にあったものであるが、被告の機関である島根県教育委員会は原告に対し、同年四月一日付けをもって中村小学校校長から加茂小学校校長に補する旨の転補処分をした(以下「本件転補処分」という。)。

2  本件転補処分の違法性

本件転補処分は、次に述べるとおり島根県教育委員会の故意又は過失に基づく違法な処分である。

(一) 島根県隠岐郡内の小学校校長の人事異動については、「複式・小規模校から大規模校へ、周辺部の学校から中心部の学校へ」という事実上のルール(慣例)があるのに、島根県教育委員会は、特段の事情もないのに、原告に対し複式・小規模・周辺部の学校である加茂小学校校長に転補する旨命じたが、これは右ルールに反する不公平・不平等なものであって、学校関係人等に原告が事実上の制裁を受けたとの感を抱かせるとともに、原告に対する社会的評価を低下させるものであって、原告の名誉感情を著しく傷つけるものであり、地方公務員法一三条、憲法一四条に規定する平等取扱原則にも反するから、違法・不当な処分である。

(二) 島根県教育委員会は、原告の対外試合精選活動(原告が、教育課程外の対外運動競技等のいわゆる対外試合は小規模校において学校教育全体に深刻な影響を与え、教員の教材研究時間をなくし、本来の教育課程の管理すらできない事態を招いているとして、校内の教職員、島根県教育委員会、隠岐郡内の校長会に対外試合を精選すべきであると働きかけたこと)を嫌悪し、原告の対外試合精選活動を不満とする中村小学校の一部保護者の「原告の右活動を止めさせろ、小規模・複式校へ転任させろ」という不当な圧力や介入に屈し、他の教員、とりわけ校長・教頭等の管理職への見せしめとして、あえて本件転補処分をしたものであって、本件転補処分はその動機、目的において違法、不当であり、裁量権の範囲を逸脱する違法なものである。

(三) 本件転補処分は、原告が中村小学校において対外市内精選活動をしてきたことを一つの判断要素にしているが、右の対外試合精選活動は原告の校長としての教育課程編成に関する自律的権限の行使であるから、これを理由とする本件転補処分は違法・不当であり、また、教員に対する人事権の行使は教員の教育活動を活発にし、教員の教育活動ないし教育権を阻害又は侵害しないようにしなければならないのに、島根県教育委員会は前記のとおり原告の教育活動の一つである対外試合精選活動を嫌悪して本件転補処分を行ったものであって、これは原告の教育権を阻害又は侵害するものであり、裁量権を逸脱した違法な処分である。

(四) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律三九条は校長が所属の県費負担教職員の任免その他の進退について市町村教育委員会に意見を申し出ることができる旨規定し、同法三八条は都道府県教育委員会は市町村教育委員会の内申をまって、県費負担教職員の任免その他の進退を行うものとする旨規定し、実際においても右の具申や内申に当たっては本人の希望を聴取することになっているにもかかわらず、原告本人の意向ないし校長の意見具申を無視して本件転補処分を行ったものであるから、裁量権を逸脱した違法な処分というべきであり、また、本件転補処分は隠岐島後教育委員会の内申を欠くものであるから、同法三八条一項の規定に違反する違法な処分である。

(五) ちなみに、本件転補処分が原告の意に反する不利益な処分であることは次の各点からも明らかであり、このことは本件転補処分の違法、不当性を裏付けるものである。

(1) 加茂小学校は、中村小学校と比較して昭和六二年四月一日の時点において次のような差異があり、西郷町の中でも最も過疎、小規模校の一つであり、校長職にのみ専念できる中村小学校とは勤務内容の上で大きな違いがある。

中村小学校 加茂小学校

〈1〉 学級形式単式校 複式校

(各学年一学級)(全学五学級)

〈2〉 生徒数九一名 六四名

〈3〉 教職員数一一名 八名

〈4〉 専任の教務主任配置あり 配置なし

〈5〉 事務職員配置あり 配置なし

(2) 島根県教育委員会は、複式学級(一学級に複数の学年にわたる児童・生徒がいる学級)を持つ複式校は単式校とは異なった特別の取扱いをし、小規模校の校長に対しては校長職にのみ専念しないで、適当な週当たり授業時数を分担するよう指導しているから、小規模校の校長はその負担が増大する。

(3) 原告は、島根県隠岐郡西郷町の中心部の学校への転任を希望していたのに、中心部の学校でない加茂小学校に転任させられた。

3  損害

原告は、前記2の違法な本件転補処分により、人格や教員・校長としての教育活動及び学校管理についての社会的評価を低下させられ、名誉感情を著しく傷つけられるなどの重大な精神的苦痛を被ったが、右苦痛を慰謝するには金二〇〇万円をもって相当とする。

4  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条に基づき、慰謝料金二〇〇万円及びこれに対する本件転補処分の日の翌日である昭和六二年四月二日から完済まで民法所定の年五部の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実(本件転補処分)は認める。

2  請求原因2について

本件転補処分が島根県教育委員会の故意又は過失に基づく違法な処分であるとの主張は争う。

(一) 同2の(一)の事実はすべて否認する。島根県教育委員会は、いわゆるタライ回し的な人事異動は極力避けようと努めており、人事異動においては管理職としての経験年数や学校規模のみを要素として、安易な人事異動案を策定することのないようにしている。加茂小学校は周辺部の学校ではない。

(二) 同2の(二)の事実うち、原告が対外試合精選活動をしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。島根県教育委員会は、原告の対外試合精選活動を嫌悪したことはなく、むしろ地域の実態等を踏まえ、教育的効果を十分考慮して学校行事や部活動を計画的に行い、児童生徒や教員の過重負担とならないよう市町村教育委員会及び各学校を指導している。

(三) 同2の(三)の事実のうち、原告の対外試合精選活動が原告の校長としての教育課程編成に関する権限の行使であることは認めるが、島根県教育委員会が原告の対外試合精選活動を嫌悪して本件転補処分を行ったとの点は否認する。また、本件転補処分が原告の教育権を阻害又は侵害し、裁量権を逸脱した違法、不当な処分であるとの主張は争う。

小・中学校の教員は、大学教員とは異なり、完全な教授の自由を有しないし(最高裁判所昭和五一年五月二一日大法廷判決、刑集三〇巻五号六一五頁参照)、仮に、原告主張のように人事権行使に当たり教職員の教育的活動を阻害してはならないとすると、教職員はすべて個人的な程度の差はあるにしても何らかの教育的活動をしているのであるから、人事異動ができなくなってしまう。

(四) 同2の(四)の事実のうち、原告本人の意向ないし校長の具申を無視して本件転補処分を行ったとの点、本件転補処分は隠岐島後教育委員会の内申を欠くものであるとの点は否認する。地方教育行政の組織及び運営に関する法律三九条の趣旨は、校長が当該学校の所属職員を指導監督する立場にあることからその監督者としての責任の明確化を図ったものであり、任命権者は校長の意見に拘束されるものではない。なお、原告の本件転補処分が同法三八条一項の規定に違反する違法な処分であるとの主張は、時機に遅れた攻撃方法であるから、却下すべきものである。

(五) 同2の(五)について

本件転補処分が原告の意に反する不利益な処分であるとの主張は争う。同2の(五)の(1)の事実のうち、中村小学校及び加茂小学校の学級数、生徒数、教職員数が原告主張のとおりであること、加茂小学校には事務職員が未配置であることは認めるが、その余の事実は否認する。同(2)の事実は否認する。島根県教育委員会は校長に対し、学校の規模を問わず、学校運営に専念するよう求めている。同(3)の事実のうち、原告が中心部の学校への転任を希望していたことは認めるが、加茂小学校が中心部の学校でないとの主張は争う。なお、「隠岐郡内小・中学校教職員の人事異動運用内規」は、加茂小学校を周辺部の学校として位置づけているが、同内規は昭和四八年度から昭和五九年度(教育委員会が従来定めていた人事異動方針細則の見直しが行われ大幅改定された年の前年度)まで西郷教育事務所において作成していたもので、同内規は当該年度に限って適用されるものであるから、本件転補処分には適用できないし、また、同内規の適用を受ける者は昭和四五年以降の新規採用者及び当該年度に満四五歳未満の教職員であるから(同内規細則の方針二について)、右要件に合致しない原告には適用の余地がない。この運用内規が初めて作成された昭和四八年当時は、自家用自動車が現在のように普及しておらず、バスによる通勤が通常であったため、交通の便の悪い学校について教職員の人事異動において特段の配慮を必要としていたことから、同内規が作成されるに至ったものであるが、その後、自家用自動車が普及し、同一の島内においては、どの学校へも通勤が可能となり、加茂小学校は西郷町の中心部内か、あるいは、準中心部といえるようになった。これに伴い隠岐郡内の校長室や職員団体からこの運用内規の見直しの要望があり、更には、同年度に島根県市町村立学校教職員人事異動方針細則が大幅に改正されたこともあり、昭和六〇年以降は作成されていない。島根県教育委員会は、教職員の任命権者として人事異動の最終的な判断と責任を担っているのであるから、島根県教育委員会の決定した人事異動方針が、島根県教育委員会の出先機関である西郷教育事務所の策定する運用内規に優先するものであり(なお、同内規は、島根県公立学校教職員人事異動方針とその細則に基づいて実施するものであるから、島根県とその人事異動方針を異にするものではなく、ただ隠岐郡内の特殊性から、周辺校を指定することにより人事異動を公平にしようとしたものであった。)、現在では、西郷町内の学校のうち、中村小学校と中村中学校のみが「周辺校」として位置づけされている。

3  請求原因3の事実は否認する。本件転補処分により原告に対する社会的評価は低下していない。原告の主観的な名誉感情(自己評価意識)や教育実践への意欲は法的保護に値する利益とはいえない。

4  請求原因4は争う。

三  被告の反論及び主張

1  本件転補処分の適法性

本件転補処分は、原告の希望を十分考慮した上、管理職全体の適正な人事異動を図るという観点から行った適正なものであって、裁量権を逸脱した違法な処分とはいえない。

(一) 転補処分についての性格

教職員の転補とは、市町村立学校の教職員を同一市町村の他の市町村立学校の教職員に配置換えすることであり(昭和六一年島根県教育委員会訓示第二号・教育職員の任免発令式)、地方公務員法一七条にいう「転任」(職員を昇任及び降任以外の方法で他の職員の職に任命すること)に該当するが、この転補処分は、人事行政上の措置であり、任命権者の自由裁量に委ねられた処分であって、任命権者が一方的に命ずることができる性質のものである。したがって、市町村立小・中学校の教職員についても、一般の地方公務員と同様に本人の同意を要せず、一方的に転補処分を命じ得るものである。このことは、市町村立小・中学校の教職員については、大学の教員等(教育公務員特例法五条一項)と異なり、法令上別段の定めがないことからも窺える。

(二) 適材適所について

校長は教育活動・施設整備をはじめとする校務を掌り所属職員を監督する地位にあって、校長の判断と責任において学校運営を行うものであるから、各学校に適任者を配置する必要があり、そのため校長の人事異動は、校長としての本人の教育的識見、学校運営の方針や手腕、性格・行動の特徴、これまでの勤務実績などを適切に評価・把握するとともに、各学校の校風・教育目標・学校経営方針・教育活動・教職員組織・児童生徒の実態・地域との関係等の現状を十分把握して、学校教育の効果を高めるという観点から行っているものである(なお、教職員が安んじて職務に専念できるよう本人の健康状態や生活の本拠地、家族の事情等個人的な事情についても十分配慮していることはいうまでもない。)。

(三) 本件転補処分に至る経緯

(1) 原告に対する転補の発令は、〈1〉昭和六二年度の人事異動方針に従い、〈2〉原告の永年勤続解消の必要、〈3〉前任校の中村小学校より新任校の加茂小学校の方が原告の通勤に便利であること、〈4〉前任校と新任校とを比較して、学校規模・へき地性・管理職手当等の諸事情において格別の相違がないこと等の事情を考慮して行ったものである。

(2) ちなみに、昭和六二年度人事異動方針は、次のとおりであった。

〈1〉 広地域の視野に立ち、適材を適所に配置し、学校の教員組織の適正を期する。

〈2〉 特に、管理職の場合は、管理職としての適性に応じ、その学校種別・学校規模を考慮して、適材を適所に配置するとともに、原則として管理職としての在任期間中にへき地学校における教育経験をつむよう交流を行う。

〈3〉 同一学校における永年勤続者については、交流を図り、人事の刷新を期する。永年勤続とは、七年以上を指す。

(3) 昭和六二年四月一日時点における前任校と新任校とを含む西郷町内の小学校の学校規模の比較は、次のとおりである。

〔西郷町内の小学校の学校規模等の比較〕

校名 指定級数へき地 教職員数 児童数 学級数

西郷 二級地 二七 六七八 二〇(一)

飯田 右同 九 六二 六

大久 右同 五 二四 三

中条 右同 一一 一六〇 六

有木 右同 一一 一五〇 六

下西 右同 一一 八二 六

今津 右同 六 二八 三

加茂 右同 八 六四 五

中村 三級地 一一 九一 六

〔備考〕

〈1〉 西郷小学校の学級数の(一)は特殊学級で内数

〈2〉 教職員数は校長・教頭・教諭・養護教諭・講師・主事の総数

〈3〉 へき地指定級は級数が多い程へき地性が高く、したがって、中村小学校は他の小学校に比較してへき地性が高い。

(4) 昭和六一年度末における西郷町内の小学校校長の異動について

島後地区の小学校で定年退職により空きポストが生ずるのは、西郷町立有木小学校一校のみであったが、人事行政上適正な異動規模を確保し、各学校の刷新を図る上においても、一定の範囲内において異動の連鎖を作る必要があったため、原告を加茂小学校へ転補したものである。加茂小学校には、歴代優れた人材を配置しており、かつ、地元も大変教育熱心で学校に対する理解・協力も積極的なところであり、他の小学校と比べて何らの遜色はない。

2  信義則違反

(一) 原告は、本件転補処分の辞令書の交付を受けた日(昭和六二年三月二七日)の後である同月三〇日午後一時ころ、島根県松江市殿町所在島根県庁別館の島根県教育庁学事課を訪問し、高橋誠島根県教育庁学事課長(以下「高橋学事課長」という。)及び寺本夏雄小中学校管理班長(以下「寺本管理班長」という。)と約二時間話し合ったが、その際、原告は本件転補処分は規模の小さい学校への異動であり、対外試合精選活動に取り組んだ自分の教育方針を否定するものであって、この人事により隠岐の校長会が対外試合の精選に消極的になるので補正人事を行って欲しい旨述べた。それに対し、高橋学事課長は、今回の人事異動は人事異動ルールに基づき、管理職全体の適材適所を考慮して決めたものであること、原告の人事についてもこれまでの労に応えられるよう通勤の利便を配慮したこと、本件転補処分に原告の教育方針を否定する意図はないことなどを話すともに、対外試合精選については島根県教育委員会としても取り組んでいる課題である旨説明した。

(二) 右話合いの後、最終的に高橋学事課長が原告に対し

〈1〉 原告は加茂小学校に赴任し、加茂小学校の子供たちのために力を発揮してもらいたい。

〈2〉 学事課は、対外試合の担当課長である保健体育課長及び学校教育課長に原告の考えを伝える。

〈3〉 隠岐の校長会の対外試合に対する動きについては、一か月くらい様子をみて対応することとし、その状況を原告から学事課に連絡するものとする。との三点を提言したところ、原告は右三点を理由あるものと認め了解した。

(三) 右のように、原告が本件転補処分に同意していたこと、その後昭和六二年四月一日付をもって県下の全教職員の人事異動が完了したことにかんがみると、原告が本件転補処分について損害賠償請求をすることは、教育公務員としての信義誠実の原則に反するものであり、許されないものというべきである。

四  被告の反論及び主張に対する原告の認否

1  被告の反論及び主張1冒頭の原告の希望を十分考慮した上、管理職全体の適正な人事異動を図るという観点から本件転補処分をしたとの主張は争う。

(一) 同1の(一)は争う。

(二) 同1の(二)の事実は認める。

(三) 同1の(三)の事実のうち、(3)の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

2  被告の反論及び主張2の事実のうち、(一)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。なお、原告は、本件転補処分は不利益処分なのでこれを撤回されたい旨強く要請するとともに、原告の名誉回復の措置を採るよう要請した。これに対し、高橋学事課長が原告に対し、〈1〉原告の対外試合精選活動に水をさすことにならないようにしたい。〈2〉そのためには、学事課において対外試合の担当課長である保健体育課長及び学校教育課長に原告の考え方を伝える。〈3〉しかし、本件転補処分は不利益処分ではないので、撤回しない旨回答したので、原告は右〈1〉、〈2〉の点については了解したが、〈3〉の点については重ねて撤回を要請し、本件転補処分の撤回が認められなかったので、昭和六二年三月三一日隠岐島後教育委員会宛に辞令を返還し、補正人事を要請した。

第三証拠

証拠の関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、それをここに引用する(略)。

理由

一  原告の請求原因1の事実(本件転補処分)は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件転補処分が違法であるかどうかについて判断する。

1  原告の請求原因2の(一)の主張について

原告は、隠岐郡内の小学校校長の人事異動については、「複式・小規模校から大規模校へ、周辺部の学校から中心部の学校へ」という事実上のルール(慣例)があった旨主張するので、まずこの点について検討するに、原告本人尋問の結果(一部)及びこれにより真正に成立したものと認める(証拠略)によれば、昭和三五年度から昭和六二年度まで島根県隠岐郡内の小学校校長の人事異動についてみるに、複式校・小規模校から大規模校へ、又は周辺部の学校から中心部の学校へと異動したものが一〇八例、その逆の事例が本件転補処分を含めて五例(異動者総数に対する割合四・四パーセント)であることが認められるけれども、他方(証拠略)によれば、昭和五一年度から昭和六二年度までの西郷教育事務所管内における市町村立小中学校の校長の転補例三〇例(異校種間の異動及び昇任者を除く)のうち、現任校よりも小規模校へ転任・転補した事例についてみるに、学級数が減少した学校への転任例が二例(異動者総数に対する割合六・七パーセント)、児童・生徒数が減少した学校への転任例が五例(同一六・七パーセント)、学級数、児童・生徒数ともに減少した学校への転任例が二例(同六・七パーセント)であること、昭和五一年度から昭和六二年度までの島根県全県の市町村立小中学校の校長の転補例六一四例(異校種間の異動及び昇任者を除く)のうち、現任校よりも小規模校へ転任・転補した事例についてみるに、学級数が減少した学校への転任例が六六例(異動者総数に対する割合一〇・七パーセント)、児童・生徒数が減少した学校への転任例が九七例(同一五・八パーセント)、学級数、児童・生徒数ともに減少した学校への転任例が六〇例(同九・八パーセント)であることが認められるから、前記認定の島根県隠岐郡内の小学校校長の人事異動について、複式校・小規模校から大規模校へ、又は周辺部の学校から中心部の学校へという異動の形態が比較的多数を占めている事実をもってしても、いまだ原告主張のように島根県隠岐郡内の小学校校長の人事異動について「複式・小規模校から大規模校へ、周辺部の学校から中心部の学校へ」という事実上のルール(慣例)があったと断定することは困難であるといわなければならないし、原告の右主張事実に沿う原告本人の供述部分は個人的、主観的なものにすぎないから、たやすく採用することができないし、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、右事実上のルールが存在し、本件転補処分がそれに違反することを前提とする原告の請求原因2の(一)の主張は、その余の事実について判断するまでもなく理由がない。なお、本件転補処分が原告主張の平等取扱原則に反するものと認めるに足りる証拠はないから、本件転補処分が地方公務員法一三条、憲法一四条の規定に反する旨の原告の主張は採用の限りではない。

2  原告の請求原因2の(二)の主張について

原告が対外試合精選活動をしていたことは当事者間に争いがないところ、成立について争いのない(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、近年、教育課程外の対外運動競技等のいわゆる対外試合が過熱し、児童の心身への影響、教員への負担、学校運営への支障などが社会問題化しつつあること、このような対外試合は、とりわけ小規模校においては、学校教育全体に深刻な影響を与え、教員の教材研究時間の減少、本来の教育課程の管理が十分できないような事態を招いていること、そして、原告は管理職となった昭和四〇年ころから対外試合の行き過ぎのもたらす問題を痛感し、対外試合を精選すべきであると考え、校内教職員、島根県教育委員会、隠岐郡内の校長会等にその旨働きかけてきたことが認められ、成立について争いのない(但し、いずれも後記採用しない部分を除く)、原告本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。すなわち、

(一)  原告は、昭和五五年四月一日中村小学校に赴任したが、右赴任当時、中村小学校の所在する隠岐島後地区の小学校が行っていた対外試合等は、

(1) 五月上旬

全隠岐陸上競技選手権大会

(2) 六月

バスケットボール大会

(3) 七月

体操大会

(4) 八月

ソフトボール大会

(5) 八月

水泳大会

(6) 九月下旬

小体連陸上競技大会

(7) 一〇月

地区の体育会

(8) 一〇~一一月

自転車競技大会

(9) 一一月

図画展覧会

(10) 一一月下旬

連合音楽会

以上一〇回であり、対外試合に出場するとなれば、良い成績を残すために一時間でも多く練習をしようとし、中村小学校の教員は教材研究や授業の準備をおろそかにして、放課後の時間をほとんど対外試合の練習に費やしていた。そこで、原告は、中村小学校における右状況をみて教材研究や授業の準備をせずに、放課後のほとんどを対外試合の練習に充てざるを得ないような学校経営はやめ、せめて翌日の授業目標くらいは文章表現できるところまで煮つめて授業に臨むことができるようにするため、対外試合は年二回(体育的行事一回、文化的行事一回)程度に精選しようと考えた。

(二)  原告は、右考えを実践するため、昭和五六年ころから毎月一回の父兄参観日の度に、保護者に対し、「落ちこぼれ」や校内暴力事件の事実を新聞記事等で説明した上、「わかる授業をすれば、『落ちこぼれ』や校内暴力は必ずなくなります。そのためには、先生方に教材研究や授業の準備をする時間を与えて下さい。そのためには、何よりも、対外試合の精選が必要です。それは、皆さんの理解と協力にかかっています。」と訴え、年一回の父親参観日(二月)には、文書を配付して説得・協力を求め、昭和五七年九月開催の島後小・中学校校長会(以下「校長会」という)において、「対外試合に拘束されない学校経営を」と題する文書を提出して対外試合の精選を提案し、昭和五八年五月九日隠岐島後小学校体育連盟に対し、「対外運動競技について」と題する書面を提出して対外試合の学校教育に与える問題点を指摘した上、法的な面・スポーツ科学の両面から対外試合の精選を要請し、同年九月開催の校長会の九月定例会において、「学校経営近代化による教育課程の実施管理(副題・青少年健全育成の最重要点課題として『わかる授業』を)」と題する文書を提出して対外試合の精選を提案し、昭和五九年三月「学校近代化による教育課程の管理」と題する書面を、昭和六〇年三月五日「健全育成上の問題点及び改善点」と題する文書をそれぞれ校長会に提出し、同年四月「学校経営に理解と協力を(副題「対外行事について」)」と題するパンフレットを保護者に配付して理解と協力を求め、同年九月三日「校長会の運営について」と題する文書を校長会に提出して対外試合精選活動に実際に取り組んで欲しい旨を要望し、更に、昭和六一年一月二一日「ふたたび校長会の運営について」と題する文書を校長会に提出して対外試合精選活動に実際に取り組んで欲しい旨を再度要望し、同年九月五日校長会の席上、「教育課程の管理と対外行事の精選」と題するパンフレットを全会員に配付して原告の基本的な考えを訴え、同年一二月原告の所属する校長会の第一分科会(対外試合精選の分科会)に「対外試合精選(制限)はみんなの願い」と題する書面を提出し、昭和六二年二月二四日の最後の校長会に「昭和六一年度第一分科会審議の報告・提案」と題する文書を提出するなどして、自らの対外試合精選活動について、校長会・保護者・スポーツ競技団体に対し、理解を求めた。

(三)  ちなみに、原告は、昭和五八年六月「対外競技参加について」と題する文書を作成し、昭和五九年度から次のように対外試合の精選を実施したい旨予告し、保護者に対して参観日の都度、全体会で理解と協力を求めた。

(1) 全隠岐陸上競技選手権大会(五月上旬)……不参加

年度・学年はじめであり、学校としては何よりもまず、教育計画をすみやかに樹立すべき時である。これには多くの時間と労力を必要とするので参加は無理である。

(2) バスケットボール大会(六月)……参加

指導要領に示されている教材である。但し、体育の年間計画の編成、正規の授業の充実が前提である。

(3) 体操大会(七月)……不参加

競技種目が指導要領の範囲を超えた高度なもので、授業と隔たりがある。特別指導が能力差を拡大する。

(4) ソフトボール大会(八月)……不参加

指導要領にない。男子だけに指導の時間をさくことは公平ではない。

(5) 小体連陸上競技大会(九月下旬)……参加

平常の授業の延長としての指導が可能と思う。特別指導を極力おさえる。小体連に加盟している以上、この大会を優先する。

(6) 連合音楽会(一一月下旬)……不参加

授業とのつながりがない。能力差が大きく指導が難しい。

(四)  しかし、昭和五九年度において、実際に不参加になったのは体操大会(七月)と連合音楽会(一一月下旬)のみで、全隠岐陸上競技選手権大会(五月)と、ソフトボール大会(八月)は参加した。そこで、原告は、昭和五九年度の対外試合精選が十分に実施できなかったことの反省から、昭和六〇年度には全隠岐陸上競技選手権大会とソフトボール大会を、中村小学校としての参加ではなく、「スポーツ少年団」を結成しての参加にしてもらうよう、PTA会長に依頼し、会長がこれを了承したので、原告において「スポーツ少年団」加入手続等その結成について援助するなどしたが、原告の対外試合精選活動に反対する者もあったので、昭和五九年五月ころ、「公立学校における勤務時間について」と題する昭和四一年一一月二九日付け県教育長通知(〈証拠略〉)の「対外試合等参加については、学校の自主的教育計画の立場から、その性格内容等を十分検討して精選すること」の意味内容について、齋藤教育長に助言・指導を求めたところ、同教育長は、「そんなことを言って来るのはお前だけだ。通知を各学校に出しているんだから、これでいい。これ以上、教育委員会がとやかく言う必要はない。」と言うのみで、何の話合いも指導もしなかった。そこで、原告は同月三〇日、島根県加茂川学事課長に対し、「対外試合参加のための強化練習について」と題する文書(〈証拠略〉)を送付して回答を求め、更に、同年七月一六日、再び回答を求める文書(〈証拠略〉)を送付したが、いずれも回答はなかった。そこで栗栖島根県教育委員会教育長に対し、二度に亘り照会の文書(〈証拠略〉)を送付したが、同教育長は回答をしなかった。

(五)  他方、昭和五九年ころから、西郷町議会の本会議において中村地区出身の原茂憲議員が「中村小学校の小幡校長(原告)は、小学校、中学校合同の運動会を止めたり、対外試合を他校がやっているようにやらないということで保護者と上手く行っていないから転勤させることはできないか。転勤させて欲しい。転勤させる考えはないか。」などと質問し、原告の中村小学校における学校運営について度々発言し、原告の対外試合精選活動を批判した。しかし、本会議に出席した斎藤教育長は原議員の質問に対し「こうした対外試合の参加、不参加は学校が主体的に決定すべきもので、歴史や伝統のあるそうした大会に参加しないということは遺憾な姿であると思うが、教育委員会として、あるいは教育長として命令をするとか、指導をするとかして参加させるということは筋違いである。」旨答弁して、教育委員会及び教育長としての立場を明確にし、原告の対外試合精選活動についての理解を示した。

(六)  原告の対外試合精選活動に反対する中村小学校の一部保護者は、昭和六〇年三月ころ隠岐島後教育委員会に対して原告を転任させるよう陳情し、同年五月開催されたPTA総会の席上、小学校に子弟のいない母親が、「対外試合は精選してはいけません。今までどおり、全部に参加して下さい。ほかの学校と同じくやって下さい。運動会も是非やって下さい。それから、校長先生はPTAの会に出て下さい。なぜ、対外試合をやらんようにするのですか。説明して下さい。」と突然発言することもあったが、原告はその場での説明は避け、小学校の保護者だけを別会場に集めて(中村地区のPTAの組織は小学校と中学校とが統合されている。)、二時間以上にわたり説明したが、理解が得られず近日中に再開するということで散会した。そして、数日後の同月一六日、「対外運動競技について」と題する文書を作成・配付して説明会を開いたが、その結果、対外試合は一つでも精選してはならないという保護者の意見が強かったので、やむをえず全試合に参加することになった。但し、練習は先生たちが勤務時間外に自発的に奉仕するというならやってもらうということであった。ところが、数日後保護者数名(四、五名)が校長室を訪れ、「対外試合の練習は放課後すぐに始めるように。」と要望するなどし、中村地区の児童の保護者の中には、原告の対外試合精選活動を快く思っていない者もいて、昭和六〇年六月ころ、ソフトボール大会に参加しないという学校の方針を不服に思ったPTAの役員及び保護者約八名が、「ソフトボール大会に出場させろ。」と原告に申し向け、その席上、ある母親が「対外試合をやらせんようでは、西郷の方の大きな学校の校長にはなれんぞ。」と発言するようなことがあり、また、同年七月、松本PTA会長から電話で「地区PTAを開きたいから、担当の教師の派遣を頼む。」旨の要請があり、原告が地区PTAへの出席は明らかに校務ではないと考え、右依頼を断ると、松本PTA会長が「どうしても言うことを聞かんのなら、教育委員会のエライさんに言うぞ。その段取りをさせてもらう。」旨発言し、数日後、齋藤教育長から原告に「親たちを敵にまわしたらまずいから、言い分をとおしてやれ。」という電話があった。そこで、後日原告が同教育長を訪れ、松本PTA会長の依頼を断った事情を説明したところ、同教育長は「なんぼいいことでも、みんなが賛成しなかったらだめだ。」という態度を示し、他方、原告の対外試合精選活動に不満を訴えた一部保護者に対しては、「不満の気持ちは分かりますが、それは教育委員会として、又は教育長として命令をするとかいったことはできない。PTAという組織もあるので、学校側、校長先生とよく話し合って、学校が参加してくれるように解決して欲しい。」旨回答し、両者の話合いによる解決を望んだ。

(七)  昭和六一年五月七日徳重学事課長及び寺本管理班長が他の用務で隠岐に出張した際、中村小学校を訪れ、原告に対し、「他の学校と同じにしなくてはいけない。あんたの対外試合の精選は、法的には問題はない。しかし、親たちと対立してはいかん。あんたの考えはわかるが、親たちにはわかりっこないんだから、あんたをいい校長とは思わん。それでは損だから、親たちの言うとおりにしてやれ。齋藤教育長は、県へ来る度に、『あんたが、対外試合のことで保護者とゴタゴタを起こしている。困った校長、問題校長だ。』と言っている。」旨告げ、原告に対し、対外試合精選活動の進め方について保護者の意見等をも考慮するよう忠告した。このようなこともあって、原告は、原告の対外試合精選活動に対する前記認定の一部保護者の根強い反対運動等を危惧し、昭和六一年一二月付けをもって島根県教育委員会に提出する昭和六二年四月一日付け転任人事のための島根県隠岐郡西郷町立中村小学校教員身分調査書の「本人の希望」及び「校長の所見」の欄に、「転任希望。周辺校で七年間勤務したので、西郷町の中心部の学校への転任を望む。『対外試合の邪魔をするといい学校へはいかれんぞ』と脅した親がいた。そんな暗黙のおきてに人事が左右されるとは思わないが、公正、公平な人事を望む。」旨特記し、昭和六二年一月一六日、大西教育事務所長との人事ヒアリングの際、原告作成の「教育の荒廃と校長のリーダーシップ」と題する文書(〈証拠略〉)を手渡し、重ねて西郷町の中心部の学校への転任と公正・公平な人事を望む旨申し立て、更に、同日行われた齋藤教育長との人事ヒアリングにおいても、右同様の文書を交付して、右同様の要望を重ねて行った。

(八)  島根県教育委員会は、本件転補処分を含む昭和六二年度西郷町教育事務所管内(島後地区)公立小学校校長人事異動案の策定過程において、西郷町内に所在する有木小学校の河本校長(定年退職予定)の後任に都万小学校の笠松校長または中村小学校の校長である原告のいずれを転補するかが問題になったが、検討の結果、〈1〉 有木小学校は島根県保健体育優良学校(主催・日本学校体育研究連合会、島根県学校体育研究連合会)を目指し、「子どものたくましさを育てる」をテーマに学校ぐるみで特色ある教育的活動を展開しているが、原告は課外活動とりわけスポーツ活動に消極的な姿勢であることから、仮に、原告を有木小学校に転補した場合、学校の教育研究の取組みに大きな変更と混乱が予想されたこと(ちなみに、有木小学校は昭和六二年度島根県保健体育優良学校表彰を受け、更に、全国保健体育優良学校を目指している。)、〈2〉 笠松校長は、教育的識見、人格ともに優れ、学校経営の手腕もあり、また、指導主事としての行政経験もあり、広く教育研究や研究成果のまとめができ、昭和五八、五九年度には都万小学校校長として文部省指定道徳教育協同推進校の研究に当たり、その成果をまとめ、隠岐道徳教育の先導校として大いに貢献したこと(ちなみに、笠松校長は昭和六二年四月島後小中学校校長会会長に選任されている。)などを総合考慮して、笠松校長を有木小学校長に転補することに決定した。

(九)  右人事異動案の策定過程において、都万小学校の笠松校長の後任人事の検討の際、原告は西郷町の学校を希望しているので、都万小学校(都万村所在)への異動は了解しないであろうとの理由で、原告を都万小学校へ転補する案を見送られ、次いで、原告を加茂小学校に転補する案が検討され、加茂小学校の所在位置及び学校規模から果たして原告の意に沿うか、加茂小学校の保護者や地域社会が原告の学校経営の方針に理解を示してくれるかどうかが問題になったが、検討の結果、〈1〉原告は定年退職まで残り二年であるから、できる限り地元に近い学校が望ましいが、中村小学校よりも加茂小学校の方が自宅に距離的に近く通勤にも便利であること、〈2〉 加茂小学校は中村小学校に比べて学校規模はやや小さいが、へき地性では加茂小学校の方が低い。また、過去の管理職の人事異動においても、学校規模が小さくなる学校への異動の例が相当数あり、学校規模は毎年度の児童数の増減により変動するものであること、〈3〉 中村小学校と加茂小学校は、いずれも義務教育を実施する学校として社会的評価の程度に特段の差異は認められないこと、〈4〉管理職手当の額は学校規模によって異なっている(大規模校校長は給料月額の一四パーセント、その他の校長は一二パーセント)が、中村小学校と加茂小学校はともに管理職手当の額が給料月額の一二パーセントと同一であり、西郷教育事務所管内の公立小・中学校で管理職手当が給料月額の一四パーセントである学校は、西郷町立西郷中学校のみであること、〈5〉 校長という教育公務員であることからみれば、諸事情を考慮しても、中村小学校校長と加茂小学校校長とでは格別の相違がないこと、〈6〉 原告は、「『いい学校へはいかれんぞ』と脅した親がいた」と申告しており、原告本人なりの「いい学校」観をもっていると推察されるが、学校教育の本質から考えれば、学校規模の大小や施設設備の善し悪しといった物的条件が、「いい学校」の要素ではなく、むしろ校長をはじめとする教職員の教育活動によって評価されるものであること、〈7〉 加茂小学校の保護者や地区の住民が原告に対してどのような反応を示すかは予測し難く、加茂地区は子どもの教育には大変熱心なところであると言われており、原告の学校経営の姿勢に対して好意的であるとは思われないという危惧があったが、今後の西郷教育事務所、隠岐島後教育委員会の適切な指導・助言・援助によって解決できると思われたこと等の事情を総合的に考慮すれば、原告を加茂小学校に転補しても特に問題はないという結論になった。

(一〇)  ちなみに、昭和六二年四月一日時点において中村小学校は学級数が六(各学年一学級)の単式校で、生徒数は九一名、教職員数は一一名、事務職員は未配置の学校であり、加茂小学校は学級数が五の複式校で、生徒数は六四名、教職員数は八名、事務職員の配置がある学校であるところ、島根県教育委員会は、かつて「小規模小学校の管理、運営について」と題する書面(昭和四九年三月二六日付け島教教第七二一号通知)をもって、小規模小学校の校長に対し、適当な週当たり授業時数を分担するよう行政指導をしたことがあり、近年(本件転補処分の時を含む)においては公立義務教育諸学校の学級編成及び教職員定数の標準に関する法律に基づく国の数次にわたる公立義務教育諸学校教職員定数改善計画の実施により教職員定数上、小規模校であっても校長が教諭を兼務する必要がなくなったため、校長について教諭を兼務させ授業を分担させる取扱はしないこととし、校長に対し校長研修会等を通じて機会ある毎に学校の規模を問わず学校運営に専念するよう指導しており、また、加茂小学校は島根県隠岐郡西郷町内の学校であるところ、かつては周辺部の学校(中心部の学校以外の学校)として位置付けられたが、その後自家用自動車が普及し、同一の島内においては、どの学校へも通勤が可能となったことから、現在では、島根県教育委員会は、加茂小学校を西郷町の中心部の学校又は準中心部の学校であると認識しており、中村小学校と加茂小学校との間では、その勤務場所、勤務内容において格別の差異はない。

以上の各事実を認めることができ、(人証略)及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

右認定事実を総合して考えると、中村小学校の保護者の一部の者が原告の対外試合精選活動を不満とし、昭和五九年ころから西郷町議会、隠岐島後教育委員会に対し、原告の対外試合精選活動を止めさせるよう働きかけ、昭和六〇年ころからは、原告を他校へ転任させるよう働きかけるなどの行動に及んでいたこと、齋藤教育長をはじめとする島根県の教育行政の担当者は原告の対外試合精選活動が一部保護者との間で問題を生じていること等から、原告の右活動の趣旨は理解できるが、その進め方に教育行政上あるいは学校経営上考慮しなければならないものがあり、原告の右活動の進め方について保護者との対話が不十分で、性急、執拗にすぎ、柔軟性に欠けるとの認識を有し、原告が課外活動とりわけスポーツ活動に対して消極的な姿勢をとっていると評価していたことが認められるが、更に進んでそれ以上に、右一部保護者が島根県教育委員会に対し原告を小規模・複式校へ転任させるよう要請した事実及び島根県教育委員会が原告の対外試合精選活動を嫌悪し、右一部保護者働きかけに応じて、他の教員、とりわけ校長・教頭等の管理職への見せしめとして、あえて本件転補処分を行ったとの事実は、本件全証拠によるもこれを認めることはできず、前記認定事実によっても原告の右主張事実を推認することは困難であるといわなければならない。

よって、本件転補処分はその動機、目的において違法・不当で、裁量権の範囲を逸脱する違法なものであるとの原告の主張(請求原因2の(二))は理由がない。

3  原告の請求原因2の(三)の主張について

(一)  原告の中村小学校における対外試合精選活動が本件転補処分の一つの判断要素になっていることは前記認定のとおりであり、原告の対外試合精選活動が原告の校長としての教育課程編成に関する権限の行使であることは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、ある校長をある学校に転補するか否かを決定する一つの判断要素として、当該校長の教育課程編成に関する権限行使の事実を考慮することが違法であるか否かについて検討する。

校長は教育活動・施設整備をはじめとする校務を掌り所属職員を監督する地位にあって、校長の判断と責任において学校経営を行うものであるから、もとより各学校に適任者を配置する必要があり、そのため校長の人事異動は、校長としての本人の教育的識見、学校経営の方針や手腕、性格・行動の特徴、これまでの勤務実績などを適切に評価・把握するとともに、各学校の校風・教育目標・学校経営方針・教育活動・教職員組織・児童生徒の実態・地域との関係等の現状を十分把握して、学校教育の効果を高めるという観点に立って行われるものであり、校長の人事異動の基本はいわゆる「適材適所」であること(ちなみに、この点は原告においても自認するところである。)にかんがみると、ある校長の教育課程編成に関する権限行使の事実を一つの判断要素とすることは校長の人事異動案の策定においては必要不可欠なものであるというべきであり、したがって、原告主張のように校長の教育課程編成に関する権限行使の事実を人事異動の一つの判断要素にしたからといって、ただちにそれが違法であるとはいえない。もっとも、当該人事異動について権限を有する者が、〈1〉ある校長が教育課程編成に関してその権限をこれから行使しようとしていることに対し、当該教育課程編成に関する権限の行使を止めさせようとの目的・意図をもって、当該校長に対しその意に反する不利益処分をした場合、又は、〈2〉ある校長が教育課程編成に関してその権限を既に行使したことに対して懲罰的・報復的意図をもって、当該校長に対しその意に反する不利益処分をした場合には当該人事異動は違法性を帯びるものと解するのが相当である。本件においてこれをみるに、先に認定した事実によれば、原告の人事異動について権限を有する島根県教育委員会が右のような目的・意図をもって本件転補処分をしたとは到底認められないし、また、原告にとって不利益な処分であるということもできないから、結局のところ、本件転補処分は原告の教育課程編成に関する権限行使(対外試合精選活動)の事実を一つの判断要素にしてはいるが、この点に何らの違法はないといわなければならない。したがって、原告の右の点に関する主張は理由がない。

(三)  更に、原告は、本件転補処分は原告の教育活動の一つである対外試合精選活動を嫌悪してなされたもので、原告の教育権を阻害又は侵害するものであり、裁量権を逸脱した違法な処分である旨主張するので、この点について検討する。

いわゆる教員の「教育権の独立」とは、教師が公権力によって特定の意見のみを教授することを強制されてはならないこと及び子どもの教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行わなければならないという本質的要請に照らし、教育の具体的内容及び方法についてある程度自由な裁量が認められなければならないことから、教育の自主性を阻害する不当な干渉にわたる行政的権力的な支配が排除されなければならないことをいうのであって、そのような不当な干渉にわたらない限り、教育行政の責任を負う者が教育行政の運営上必要の見地から行う権限の行使に対しては、教員もこれを受忍すべきものであると解するのが相当である。本件についてこれをみるに、先に認定した事実によれば、本件転補処分は島根県隠岐郡西郷教育事務所管内の市町村立小中学校教職員の昭和六二年度人事異動の一環として行われたものであり、島根県教育委員会が原告の対外試合精選活動を嫌悪して行ったものとは到底認められないから、教育の自主性を阻害する不当な干渉にわたるものとはいえず、したがって、本件転補処分は教員の教育権を阻害又は侵害し裁量権を逸脱した違法な処分であるとの原告の主張は理由がない。

4  原告の請求原因2の(四)について

(一)  原告は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律三九条が教職員の任免その他の進退について校長の市町村教育委員会に対する具申を、同法三八条が市町村教育委員会の内申をそれぞれ規定していること、右具申や内申に当たって本人の希望を聴取していることを根拠にして、本件転補処分は原告本人の意向ないしは校長の意見具申を無視して行ったものであり、裁量権の範囲を逸脱した違法な処分である旨主張するが、そもそも島根県教育委員会が校長の意見具申等に拘束される筋合はないのみならず、先に認定した事実によれば、本件人事異動における原告の意向及び校長の意見具申は、〈1〉転任を希望する、〈2〉転任先は西郷町の中心部の学校を希望する、〈3〉原告の対外試合精選活動を嫌悪する一部保護者の「対外試合精選活動をしているといい学校へはいかれんぞ。」との圧力に左右されない公正公平な人事を希望する、との三点であるところ、本件転補処分は、〈1〉原告を転任させるものであること、〈2〉転任先は加茂小学校であり、同校は西郷町内の学校であるが、同町の中心部の学校ではないものの、原告が従前勤務していた中村小学校に比べて、西郷町の中心部により近い学校であること、〈3〉本件転補処分は、原告の対外試合精選活動を嫌悪する一部保護者の圧力に左右されない公正・公平な人事であること、〈4〉本件転補処分は原告の意向及び校長の意見具申に完全には沿わないものであるが、原告の意向及び校長の意見具申を十分配慮したものであることが認められるから、原告の意向ないしは校長の意見具申を無視したとの原告の主張は採用するに由ないものである。

(二)  更に、原告は、隠岐島後教育委員会の内申を欠くものであるから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律三八条一項の規定に反する違法な処分である旨主張するので検討するに、(証拠・人証略)によれば、〈1〉昭和六一年一二月に各学校長が隠岐島後教育委員会に対し、身分調査書(原告のものは〈証拠略〉)を提出し、〈2〉翌六二年一月上旬、隠岐島後教育委員会が西郷教育事務所に対し身分調査書を整理・調整した上で提出し、〈3〉更に、西郷教育事務所が島根県教育委員会に対し身分調査書を提出し、〈4〉同月中旬、西郷教育事務所長が各学校長及び齋藤教育長との人事ヒアリングを行い、これを基に人事異動方針に則って人事異動の原案を作成し、〈5〉同月下旬ないし翌二月上旬、隠岐島後教育委員会において、教育長会を定期的に開催し、島根県教育委員会及び西郷教育事務所との連携を密にしながら人事異動の作業を進め、齋藤教育長において、西郷教育事務所から提示された人事異動の原案について、個々の学校についてその可否を検討し、特に再考する点、疑問点等について意見交換をして最終的に意見が一致し、〈6〉昭和六二年三月一六日隠岐島後教育委員会から島根県教育委員会に対し、「小学校県費負担教職員の異動について」と題する内申書(〈証拠略〉)が提出された事実を認めることができ、右事実によれば、隠岐島後教育委員会において、地方教育行政の組織及び運営に関する法律三八条一項に定める隠岐島後教育委員会の内申をする前段階として、島根県全体の人事を把握している島根県教育委員会の出先機関である西郷教育事務所から、原案の提示を受け、同教育事務所との間で入念な意見交換をした上、最終的に隠岐島後教育委員会としての内申を島根県教育委員会に対し提出したものといえるから、原告の右主張はその前提を欠くものであり、理由がない。

三  以上のとおり、本件転補処分は違法であるとは認められず、他に本件転補処分が違法であると認めるに足りる的確な証拠はないから、本件転補処分の違法を前提とする原告の被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。よって、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷種臣 裁判官 辻川昭 裁判官 髙橋裕)

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